多様性(ダイバーシティ、diversity)-2010年代になってスローガンとなった言葉です。日本のみならず欧米でも盛んに叫ばれ、守られ始めた価値観です。
権威あるイギリスのCambridge dictionary(ケンブリッジ・ディクショナリー)では、以下のように書かれています↓
定義;the fact of many different types of things or people being included in something; a range of different things or people: 多くの異なった種類のものまたは人々が何かに含まれるという事実;様々な物や人
例文;Does television adequately reflect the ethnic and cultural diversity of the country? テレビはその国の民族や文化の多様性を十分に反映していますか。
定義;the fact that there are many different ideas or opinions about something: 何かについて多くの異なる考えや意見があるという事実:
例文;There is a wide diversity of opinion on the question of unilateral disarmament. 一方的な武装解除の問題については多様な意見がある。
同義語は、違い、非類似性、バリエーション
反対語は、同一性、画一性、類似性、均一性 などになります。
しかし、これだけ多く多様性の重要性が叫ばれながら、多くの人がこれに大きな違和感を抱えています。理由は複数あります。
- 理由1
多様性が矛盾したメッセージに感じられる。”多様性が大事” ・・・ その一点を社会全体で大きく主張することは”多様性が大事ではない”という意見の多様性を抹消してしまいます。
つまり”多様性を守る”のなら”多様性が大事ではない”という意見も当然守らなければならないにも関わらず、それを実行できていない点で定義矛盾に感じるのです。 そこに人は違和感を抱きます。 - 理由2
人により心の内で快適と感じることが異なることが考えられます。
ある人は多様性を快適と考えますが、全体に合わせることを最適と考える人もいます。
多様性(個人の尊重) ←→ 全体の統一(全体に個人が合わせること)
多様性を快適と感じる人・・・そのまま快適全体の統一を快適と感じる人(個人を過度に尊重しすぎ社会全体の統一が取れず社会が崩壊することを想像し不安になる)
このように、心の快適さが真逆となるため、ある人にとっての天国はある人にとっての地獄となってしまうのです。
*快適と感じることの違いはこちら↓
では、多様性が実際に役に立つのはどのようなときでしょうか?
仮にある組織Xがあるとします。そのXの中にたくさんの異なる性質を持つ人(仮にA,B,C,Dさん)がいます。反対に組織Yには同じような(仮にE,F,G,Hさん)がいるとします。
- 組織X(A,B,C,D)
*A,B,C,Dさんは全員バラバラな性質 - 組織Y(E,F,G,H)
*E,F,G,Hさんは同じような人々、つまりE=F=G=Hと言える。
その場合、任意の外部の脅威が襲ってきた場合、幅広く対応できるのは組織Xなのです。そう「組織の中に多様性があればあるほど、外の脅威に対応できたり未知の可能性を捕まえられる」のです。
例として、スマホアプリの開発を考えてみましょう。数値は年齢だとします。
- 組織X(A,B,C,D)
*A=20(男),B=30(女),C=40 (男) ,D=50 (女) - 組織Y(E,F,G,H)
*E=50 (男) ,F=50 (男) ,G= (男) ,H=50 (男)
「問題;X,Yのどちらが幅広くスマホアプリの開発ができるでしょうか? アイディアが出やすいのはどちらでしょうか?」
一目瞭然ですね。もちろん、Xです。それは以下のように、違う経験を持つもの同士がアイディアをシャッフルできるからです。結果として、多様なアイディアが組織内で着想されることになります。
https://www.abc.jp/service/anakenshu/diversity/ より画像引用
そういったわけで、多様性がある組織はチャンスを捉えることや変化への対応に強く、特にそのような場合において多様性のある組織は画一的な組織より発展することが多いのです。その利点に光が当たっているのが現代と言えるでしょう。
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